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美と名声ゆえに、ドイツの明暗を背負った伝説の女優。 −マレーネ・ディートリッヒ
■ディートリッヒ再び
ベルリンの新しい副都心として開発が進むポツダム広場の一角に、昨年「マレーネ・ディートリッヒ広場」が誕生。また旧西ベルリンのルネサンス劇場では音楽劇「マレーネ」が上演され、高い人気を呼んでいるという。映画介入りのため、そしてヒトラーの激しい反発からアメリカへ去った伝説の女優マレーネ・ディートリッヒは、長い歳月を経て、生まれ故郷のベルリンで再び「ドイツの誇り」として輝き始めています。
しかし、「マレーネ」日本公演でマレーネを演じたジュディー・ウィンターは言います。「ベルリンにあるマレーネのお墓は8週間ごとに掃除されています。ネオナチ(ナチの信奉者)がやってきて墓石を汚す嫌がらせが続いているからです。」マレーネが他界して約100年。その美貌と名声ゆえに背負った、ドイツの光と影はいまだに彼女を覆い続けています。
マレーネは、1901年12月27日ベルリン近郊の街シェーネベルクで生まれました。王立プロシャ警察の将校を父に持つ厳格な家庭で、家庭教師にフランス語を習い、ピアノとバイオリンのレッスンを受けるなど、最高の教育を授けられて育ちました。将来はバイオリニストを夢見ていたものの、左指を痛めて断念。次にめざしたのは俳優。マックス・ラインハルト演劇学校で学びながら、舞台で端役を重ね、オーディションを受け続ける日々。その中で、ドイツ最初のトーキー映画『嘆きの天使』の退廃的な歌手ローラ役を探していたジョセフ・フォン・スタンバーグとの運命的な出会い。「マレーネ・ディートリッヒこそ、この役のために生まれてきたような人だ」。突然、華やかな銀幕の世界がマレーネの前に開かれました。
■ハリウッドとドイツの間で。
『嘆きの天使』の大ヒットで、彼女はまさに一夜のうちに世界的なスターに駆け上がり、スタンバーグの誘いを受けて、アメリカの映画の都ハリウッドへ船出したのでした。「スタンバーグが私を『嘆きの天使』に選んだ時は無名の一女優と契約したにすぎない。ハリウッドで『モロッコ』を撮影した後、私は初めて本物のスターになったのだ」。
マレーネとスタンバーグは、『モロッコ』、『間諜X27』、『上海特急』と快進撃を続けて行き、マレーネはグレタ・ガルボと並ぶ大スターへ。しかし、その頃ドイツではヒトラーが台頭し、次第に第二次世界大戦へと動いていく中で、マレーネにナチス・ドイツ映画への復帰の要請が再三にわたって行われたといわれています。彼女は世界に冠たるドイツの象徴として格好の存在だったのです。しかしマレーネは敢然としてそれを拒否、ヒトラーのいる祖国に背を向けました。
「私は1933年から1945年まで憎しみを知っていた。憎しみを持って生きることは辛いこと。けれど、その必要があれば、そのために心して身を固くしなければならない」と『自伝』で心情を語るマレーネ。そのきっかけとなった1933年、マレーネはドイツに向かう船上にいました。突然耳に飛び込んできたラジオからのヒトラーの声。「その声は私に不安を与え、ハーケン・クロイツの旗が心に不気味に突き刺さりました。私はドイツに帰る気を失い、フランスで降りてしまったのです」。
マレーネはアメリカの市民権を獲得。第二次世界大戦中はアメリカ人として、アメリカ軍の前線慰問や反ナチス運動に参加。そして、慰問中にめぐり合った歌「リリー・マルレーン」がマレーネに歌手という新しい舞台をもたらしました。
■「なるたけ早くベルリンへ行かなければならない」。
1960年、歌手マレーネはとうとう懐かしい母国ドイツの地に降り立ちました。ナチスへの反発があったとはいえ、母国を去り、アメリカの市民権を得た自分をドイツはどう迎えるのか。不安の中で迎えたステージ。
一部の愛国者の反対デモや『売国奴』という激しい罵声が飛び交う中で、それを越える万雷の拍手と熱狂的な賛美。その中で彼女が歌ったのは「ベルリンのスーツケース」でした。「私はまだベルリンにスーツケースを1個残してある。だからなるたけ早く又ベルリンに行かなければならないの。その小さなスーツケースには今までの私の幸せがすべて詰まっている」。マレーネは自伝の中でこう語っています。「私はドイツ人として生まれ、誰がなんと言おうが、いつまでたってもドイツ人であることに変わりはない。だが、ヒトラーが政権を握った時、私は国籍を変えなければならなかった。私が祖国という名を値しない祖国を失った時、アメリカは私を受け入れいてくれた。私はアメリカに感謝し、よいアメリカ人になったが、心の奥底はやはりドイツ人なのである」。自分を受け入れ、女優として育ててくれたアメリカ。一方で消そうとしても消すことのできない祖国ドイツへの激しい愛着。その狭間で相克する思い。人間にとって、いったい母国とは何か。それらを強烈に感じさせるマレーネの言葉です。
いま故郷でドイツスズランに覆われて眠るマレーネ。彼女の人生をたどると、2つの戦争、サイレントからトーキーへ転換し更生して隆盛していく映画産業、スタンバーグをはじめ、ジャン・ギャバンやヘミングウェイ、バーと・バカラック、そしてヒトラーも含めて、彼女を取り巻いた時代の寵児たち・・・。それらはそのまま20世紀にという激動の歴史風景に重なります。
「ディートリッヒとは、ドイツ語で合鍵という意味、どんな扉でも開けてしまう鍵のこと」と書いたマレーネ。まさしく彼女は開けたのです。ある時代の鍵を、マレーネ・ディートリッヒという生き方の鍵を。
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