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バックナンバー8 兄妹として生を受けた宿命を糧に、自らの人生を輝かせた意志の人。
  −エリーザベト・ニーチェ  
    
フリッツとラーマー
 今から120年ほど前の春、南米パラグアイに14家族のドイツ人が到着しました。一行は長く苦しい船旅の末にたどり着いたこの地で、理想に満ちた新しい生活を始める夢を抱いていました。彼らのリーダーはベルンハイト・フェルターとその妻エリーザベト。エリーザベトは最愛の兄と決別して、この地に赴きました。「私の哀れなラーマよ。お前は
最大の愚行をやってのけたものだ!お前が反ユダヤ人運動の首謀者と結婚したことは、私の生き方全体に対する世間の不信を招くことになったのだ!」と激しい憤りを書き送った兄の名前はフリードリヒ・ニーチェ、世界的な哲学者、思想家として知られるその人でした。「ラーマ」とは、子供の頃ニーチェがエリーザベトにつけたニックネーム。二人は「フリッツ」「ラーマ」と呼び合い、手紙を交わし合う仲むつまじい兄妹であり、単に肉親という関係を超えて、一生を通じて寄り添い、共存し反目しながら生きた希有な存在でした。



華やかな人間関係の中で。
 エリーザベト・ニーチェは1846年ドイツのライプチヒで誕生。父はプロテスタントの牧師、母も牧師の娘という信仰心の厚い両親、ニーチェは2歳離れた兄でした。ニーチェは内向的で詩や音楽を愛する少年。エリーザベトは気丈で道徳心の強い少女と対照的な面を持っていました。幼時に父と末弟を失ったこともあって、家族の結び付きが強く、
ニーチェは母やエリーザベト頻繁に手紙のやりとりをしています。ニーチェが24歳の若さでスイスのバーゼル大学教授に就任した時、エリーザベトはこんあ喜びの手紙を送っています。「みんな、お母さんはどんなんにお喜びだろう、そして妹さんもと言っていることでしょう。そうです、そのとおりなのです。そして、妹からも、そのとおり、と申し上げます」。
 次第に名声を得ていく兄とそれを尊敬し、誇りとする妹。麗しい兄妹愛の一方で、強い一体感を持ち、交友関係も共にする状況は2人の関係に微妙な影を落とし始めました。そのひとつがドイツ国民的な音楽家ワーグナーとの親交です。ワーグナーや彼の家族と親密になっていく中で、エリーザベトは彼の子供たちのベビーシッターを務め、妻コジマに対しては、才能ある男性を見付だし、その運命を上昇させる手助けをするというドイツ女性の理想像を見いだし憧れました。しかし蜜月関係は、エリーザベトの意に反して、ワーグナーの音楽関係が国粋主義、人種主義という理由でニーチェが離れ、10年ほどで解消しました。
 次に、エリーザベトを悩ませたのは、ニーチェの前に現れたルー・サロメ。若くて知的で旧弊な道徳に囚われない自由な精神の持ち主にニーチェはたちまち魅了されます。しかし、エリーザベトは、性格も生き方も異なるルーに激しい嫌悪感を抱き、彼女の中傷する手紙をニーチェの友人たちに送りつけます。「妹の声を聞くのも苦痛」とニーチェ。こうしてお互いの人間関係に一喜一憂しながら、親密と不和を繰り返す兄と妹。その中が決定的に崩壊したのは、エリーザベトと反ユダヤ主義ベルンハイト・フェルスターの出会いと結婚でした。2人は人種鈍化のための理想郷を求めてパラグアイへ。しかし現地での生活は理想とは遠く、過度の疲労と焦燥感から夫は自死。それでもエリーザベトは持ち前の強い意志と行動力で懸命に計画の実現化をめざしますが、ドイツでは心身を病んでいたニーチェが倒れ、闘病生活を余儀なくされる事態に。遂に彼女は兄の介護のため帰国。実はここから、エリーザベトの新しい人生、彼女自身も予想しなかった人生が開けてゆくのです。


新しい使命感に燃える。
 20世紀を目前にした1900年にニーチェが他界すると、エリーザベトは兄の著作を管理する最高責任者として、活発な出版活動を始めます。まるで水を得た魚のように。今で言えば、マネージャー兼プロデューサーであり、そして「兄の生涯を書くのに、私ほどふさわしい人間はいない」と自らペンを執り、ライターとしてニーチェの伝記『若き二ーチェ』『孤独なるニーチェ』を執事。その功績によりノーベル文学賞の候補になり、イエーナ大学の名誉博士号も贈られています。しかし、今日のニーチェの名声はエリーザベトの努力のた賜物と高い評価を受けている一方で、自身の名誉のためなら文書の偽造、捏造もいとわなかったという不名誉な説も残っています。上りつめて行く過程で彼女本来の愛国心がめざめたのでしょうか。ニーチェを軍国主義者、帝国主義者として位置付け、ヒトラーのナチズムへ傾倒していきました。彼女は1935年死を迎えましたが、その葬儀にはヒトラーが参列。その後ドイツは彼の下で忌まわしいホロコーストへと向かっていきました。
 偉大な兄を持った幸福と不幸。その宿命を自分に引き寄せて、輝かしい名誉と名声を得たエリーザベト。彼女の評価は二分されますが、少なくともそのしたたかと見える豊かな才覚とエネルギーにドイツの女性の確かな底力を見る思いがします。



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