自由への希求、好奇心のままに…
ここに、私を魅了してやまない一冊の小説があります。それは、1998年に発売以来ドイツで200万部を売り上げ、今もなおベストセラーであり続ける『女教皇ヨハンナ』
(ドナ・W・クロス著)です。
ヨハンナは、中世ヨーロッパの伝説のヒロインで、レオ四世とベネディクトウス三世の間、853年から855年までの約3年間在位したとされる歴史上唯一人の女性ローマ教皇です。
ヨハンナの存在は、ヨーロッパでは “男装の女教皇”として広く知られ、イタリアを起源とするタロットカードに描かれる女教皇を示唆するとも言われていますが、残念なことに、
複雑に入り乱れるヨーロッパの歴史の中で、現在ヨハンナに関する資料はほとんど残っていません。
しかし、この小説を読みすすめ、「なぜヨハンナは男性の振りをしなければならなかったのか。」ということを考えた時、私にははっきりと、時代、そして社会に足枷せを
された女性たちの真実が見えてきたのです。
言い伝えによると、ヨハンナは814年ドイツ南西部マインツに近いインゲルハイムという小さな村で生まれました。教会の参事会員を務めるイギリス人の父親は、
徹底した男尊女卑。産まれてきた子が女の子だと分かった瞬間から、ヨハンナのことを忌み嫌います。兄ばかりを可愛がる父。「私が嫌われるのはなぜ?」成長するとともに
ヨハンナの心の内に芽生えた疑問は徐々に大きくなっていきます。
好奇心旺盛なヨハンナは、兄の字を書く姿を見れば、同じように書けるようになりたい、聖書を読めば、もっとたくさんのことが分かるようになりたいと強く思い、
父の目を盗んで勉強を始めます。識字率も低く、ましてや女性が学校に行くことなど決して許されない時代。出来の悪い兄は男というだけで取り立てられ、自分は語ることも許されず、
存在すら無視される。「なぜ私じゃいけないの?」父に蔑まれる母の姿と重ね合わせ、「私が女だから。」少女の心に浮かんだ心配は、今や決定的な答えに変わりました。
「性別の違いだけで自由に勉強できないなんて…」と一人苦悩する日々。
失意のヨハンナに、一筋の光を与えてくれたのは、旅の途中、ヨハンナの家に立ち寄ったギリシア人の学者アスクレピオスでした。誰かに教えられたわけでもないのに、
9歳にしてラテン語や聖書を理解するヨハンナの潜在能力を垣間見た彼は、ヨハンナに熱心にギリシャ語や古典文学を教えます。やがて、ヨハンナは人並みはずれた上昇志向から、
「もっともっと自分の知らない世界へ行きたい」という自由への希求をエネルギーに変え、家を飛び出します。
青春、叶わぬ恋…そして悲劇
ヨハンナはインゲルハイムの母に心を残しながらも、父の呪縛から逃げるように、北海に近いドレスタッドに向かいます。そこでは、素晴らしい知性の持ち主である彼女に
興味を持った寛容な司教に認められ、聖堂付属学校で学ぶことを許されます。しかし、ヨハンナはやはりここでも男性の中で唯一人女性であることゆえの壁にぶつかり、
自分の能力を高めていくことに窮屈さを感じるのでした。
その一方、知的で正義感溢れる辺境伯のゲロルトに淡い恋心を抱きます。ゲロルトもヨハンナに魅力を感じるものの、妻も子もある身。叶わぬ恋、好きな人の側に居られる
喜びと苦しみ…少女から大人へ、彼女自身これまで経験したことのない女性としての気持ちを発見した時でもあったことでしょう。
しかし、穏やかにみえた青春の日々はある日突然終わりを告げます。ゲロルトが公用で留守にしている間、ドレスタッドの街は、突然ノルマン人の来襲に合います。
目に見えるものはすべて破壊・略奪され、ゲロルトの妻も子も、街の人々は全員殺されてしまったのです。機転の利いた判断で生き残ったヨハンナは、この悪夢のような経験から、
女性の姿でいることに身の危険を感じ、髪を切り、男性の服を着て、街から逃げ出します。
男性として生きる…
初めて知る自由の喜び
その後、ヨハンナは“ヨハネス・アングリクス”と名乗り、学問や芸術に秀で
た者が集まるフルダの修道院に在籍することとなります。もちろん、男装のまま。
男性の姿となったヨハンナは、これまで感じたことのない自由を手に入れます。
女性であった頃は、周囲から疎まれていた知性や明断さなど、ヨハンナの持って
いるすべての才能がここでは賞賛されました。そして、好きなだけ学び、ついに
は医術など他の追随を許さない知識までも身につけ、司祭にまで昇進。男性とし
て生きることで、十分に自分の才能を発揮する場を得ることが出来たのです。時
折、ドレスタッドで別れ別れになってしまったゲロルトのことを思い出すことは
、あるものの、この頃のヨハンナは、女性として生きることよりも、やっと手に
入れた本当の自由を手放してなるものかという気持ちが、日に日に強くなっていた
のではないかと思われます。
教皇として、女性として、決断の時
平穏な日々というのは長くは続かないもの。ヨハンナの才能に嫉妬する者も多く、
女性という正体が暴かれてしまいそうになった時、ヨハンナはフルダの修道院から
逃げ出すことを決意します。教皇のいる場所、そしてすべての知識が結集している
というローマを目指して。ローマでのヨハンナは、まず弱き者を助ける腕の良い
医者として人気を集め、ついには体調を崩していた教皇の専属医師に抜擢されます。
教皇の健康管理をしながら、教皇を取り巻く男性たちの汚職、自己利益の追求を目にし、
民衆のための正義など見当たらない教皇庁の内情を知ることとなります。教皇とともに
その現実に立ち向かい、次第にヨハンナ自身が民衆の支持を得、ついには教皇の地位に
まで登りつめることとなります。
これまでの努力の結晶、男性の姿になったことで成しえた輝かしい成功。その影では、
偶然にもこの時期ゲロルトと運命の再会を果たします。二人は、互いを隔てていた長い月日
などなかったかのように惹かれあい、ゲロルトはヨハンナに結婚しようと迫ります。
しかし」ヨハンナは、教皇の座を今投げ出すわけにはいかないという責任感と、それへの
執着、そして愛する人の側で女性として生きる幸せの間で揺れ動きます。迷いの中、ヨハ
ンナは子どもを身ごもったことに気付き、決断を迫られます。結局、ゲロルトと運命を
ともにすることを選びますが、時すでに遅し。教皇として最後の仕事と決めた式典の最中、
ゲロルトが反教皇派に襲われ命を落とし、時を同じくして、ヨハンナ自身も予想外の早産から、
愛する二人は同時に非業の死を遂げたのです。
現代を生きるヒロインたちへ
ヨハンナの時代から約1150年。長い時間をかけて、女性の権利や地位向上
が唱えられ、女性の社会進出は徐々に進み、男女平等の世の中と言われるまでに
なりました。しかし、その本質に果たして変化はあったのでしょうか。仕事、結婚、家事、
出産、育児、女性たちの負担は時代を経ても変わらず、女性が何かを心の底から成し遂げ
ようと思った時には、必ずその代償としてで何かを失い、常に厳しい選択が求められている
ような気がしてなりません。女性であるが故の悲劇、女性であるが故の幸せ、心身ともに受け
止め、生き切ったヨハンナの姿に一輪の赤い薔薇を添えたいと思います。
<参考文献>
ドナ・W・クロス 阪田由美子=訳(2005)
『女教皇ヨハンナ』草思社 635pp.